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横浜地方裁判所 昭和50年(レ)27号 判決

控訴人 高橋正市

控訴人(附帯被控訴人) 中村晴男

右両名訴訟代理人弁護士 小見山繁

右両名訴訟復代理人弁護士 福本嘉明

被控訴人(附帯控訴人) 大塚モリヱ(旧姓高田モリヱ)

右訴訟代理人弁護士 遠藤隆也

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  原判決のうち控訴人中村晴男に関する部分を次のとおり変更する。

1  控訴人中村晴男は被控訴人に対し、別紙物件目緑記載の建物を明渡し、かつ、昭和四八年一月一六日から右明渡ずみまで一か月金一万六〇六四円の割合による金員を支払え。

2  被控訴人の控訴人中村晴男に対するその余の請求を棄却する。

3  被控訴人と控訴人中村晴男との間の原審における訴訟費用は同控訴人の負担とする。

三  当審における訴訟費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決中控訴人ら敗訴部分を取消す。

2  被控訴人の控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴をいずれも棄却する。

三  附帯控訴の趣旨

原判決中控訴人中村晴男関係部分を次のとおり変更する。

控訴人中村晴男は被控訴人に対し別紙物件目録記載の建物を明渡し、かつ昭和四八年一月一六日から右明渡しずみまで一か月金一万六〇六四円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審を通じ控訴人中村晴男の負担とする。

四  附帯控訴の趣旨に対する答弁

本件附帯控訴を棄却する。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被控訴人は、昭和三四年一月二四日その父である訴外高田常次郎の死亡により、同訴外人所有の別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)を同訴外人の妻訴外高田あきとともに共同相続し、更に昭和四二年三月二〇日母である同訴外人の死亡により同訴外人の右建物持分を単独相続し、その結果右建物を単独所有するに至った。

2  被控訴人は、昭和四四年五月三一日、控訴人高橋正市に対し、本件建物を賃料一か月金四万五〇〇〇円毎月末日限り翌月分支払いの約定で賃貸した。

3  被控訴人代理人遠藤隆也は、昭和四七年一二月二三日付内容証明郵便(以下本件内容証明という)をもって被控訴人高橋に対し、同年九月分以降の本件建物の賃料を催告後二〇日以内に支払うよう請求すると共に、右期間内に支払いのないときに備えこれを条件として予め本件建物の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右郵便は同年一二月二五日控訴人高橋に到達した。

なお、右事実に対する控訴人高橋の自白の撤回には異議がある。

4  控訴人中村晴男は、すくなくとも昭和四八年一月一六日以降本件建物を占有している。

5  仮りに、控訴人中村が被控訴人代理人訴外酒川英一との間で昭和四六年一〇月三一日本件建物の賃貸借契約を締結し、或は、同控訴人が控訴人高橋の名義をもちいて被控訴人代理人訴外三和商事不動産こと訴外有泉正雄との間で昭和四四年五月三一日右建物の賃貸借契約を締結したものとしても、控訴人中村は本件内容証明を昭和四七年一二月二五日受領しその内容を了知したものであり、これは同控訴人に対する催告解除とみなされると解すべきであるから、同控訴人主張の右賃貸借契約はいずれも終了したものである。

6  よって、被控訴人は、控訴人高橋に対し、賃貸借終了に基づく本件建物の明渡しと、昭和四七年九月一日から右明渡ずみまで賃料及び賃料相当損害金として一か月金四万五〇〇〇円の割合による金員の支払いを、控訴人中村に対し、右建物所有権に基づく右建物の明渡しと、昭和四八年一月一六日から右明渡ずみまで賃料相当損害金として一か月金四万五〇〇〇円の割合による金員の支払いを、予備的に、賃貸借終了に基づく右建物の明渡しと、昭和四八年一月一六日から右明渡ずみまで賃料及び賃料相当損害金として一か月金四万五〇〇〇円の割合による金員の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  控訴人高橋

請求原因2の事実を認め、同3の事実を否認する。なお初め、同3の事実を認めたが、それは真実に反する陳述で錯誤に基づくものであるから、その自白を撤回する。

2  控訴人中村

請求原因1の事実は不知、同4の事実、及び、同5の事実中控訴人中村が本件内容証明を昭和四七年一二月二五日受領し了知したことは認める。

三  抗弁

1  控訴人高橋

控訴人高橋は、昭和四六年一〇月三一日被控訴人代理人訴外酒川英一との間で本件建物の賃貸借契約を合意解約し、同日右代理人に対し右建物を明渡した。

2  控訴人中村

(一) 控訴人中村は、昭和四六年一〇月三一日被控訴人代理人訴外酒川英一から本件建物を賃借した。仮りに右事実が認められないとしても、控訴人中村は控訴人高橋名義で昭和四四年五月三一日被控訴人代理人訴外三和商事不動産こと訴外有泉正雄から右建物を賃借した。

(二) 仮りに、控訴人高橋宛の本件内容証明が事実上控訴人中村に対する催告とみなされるとして控訴人中村が本件内容証明による催告期間内にその催告にかかる延滞賃料を支払わなかったことは事実であるが、同控訴人には当時これを発した遠藤隆也弁護士が被控訴人代理人としての権限を有するかどうか全く不明であったから右代理権について疑問を感じ、直接被控訴人にこの点を照会のうえ、右被控訴人からの回答に接するまでの間、遠藤弁護士に対する賃料支払を留保したものであり、これが不払につき同控訴人に何ら責められるべき点はない。

(三) 仮りに控訴人中村の右主張がいずれも容れられないとしても、同控訴人は昭和四六年九月頃から翌四七年六月頃の間本件建物の老朽化し使用不能となった浴室及びその周辺の壁を修理し、右費用として金一九万七七四五円を支出した。よって、控訴人中村は被控訴人に対し本件建物の明渡しと引換えに右費用の償還を求める。

3  控訴人ら

(一) 控訴人らと被控訴人間の本件建物の賃貸借契約においては、いずれも賃料について取立払いの約定がなされていた。よって、右賃料を持参すべき旨を催告した本件内容証明はその効力がなく、解除もその前提を欠き無効である。

(二) 本件建物は少くとも、昭和一九年以前に建築されたものであり、その床面積の現況は八二・一四平方メートルである。よって、本件建物の賃料については地代家賃統制令が適用されるところ、昭和四七年度における右統制賃料額は一か月金一万六〇六四円である。本件内容証明は、一か月金四万五〇〇〇円の割合による金員の支払いを求めているものであり明らかに過大催告であること、また、右統制額を提供したとしても、その受領が拒否されることは明らかであることから、右催告はその効力を生じないものであり、これを前提とする解除は無効である。

(三) また賃料支払方法に関する約定はともかくその実際の賃料支払方法は契約当初から一貫して取立払いであり、控訴人中村は、催告にかかる昭和四七年九月分以降の賃料について故意にその支払いを遅滞し、たわけでもなく、その支払能力がなかったわけでもなく、被控訴人が従来と同様の方法で取立に来ていれば、賃料の支払いをなすべく準備していたものである。更に、被控訴人は本件建物を自ら使用する必要がなく、これに対し控訴人中村は本件建物以外に居住すべき場所がない。これらの事実からすると、賃料の支払いが一時的に遅滞したとしても、これによって賃貸借契約関係を継続するうえでの信頼関係が破壊されたものと解することはできず、よって本件解除の意思表示はその効力を有しないものというべきである。

(四) 仮りに、控訴人らの右主張がいずれも容れられないとしても、原判決は、その主文第一項において、控訴人高橋に対し昭和四七年九月一日から本件建物明渡ずみまで一か月金一万六〇六四円の割合による金員の支払いを命じ、さらに同第三項において、控訴人中村に対しても昭和四八年一月一六日から右明渡ずみまで一か月金一万六〇六四円の金員の支払いを命じている。従って右判決によれば、被控訴人は、少くとも昭和四八年一月一六日以降控訴人らの本件建物明渡ずみまでの期間は、本件建物の統制賃料額の倍額を請求することができることになる。従って原判決の右主文は明白な誤りであり取消しを免れない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2(一)及び同2(三)の各事実は否認する。

3  同3(一)の事実は否認し、同3(二)の事実中、本件建物が少くとも昭和一九年以前に建築されたものであり、その床面積の現況が八二・一四平方メートルであること、よって右建物の賃料について地代家賃統制令の適用のあることは認める。なお、右統制賃料額は、昭和四四年度において一か月金一万六〇六四円、昭和四五年度において一か月金二万五〇五八円である。

五  再抗弁

1  仮りに控訴人ら主張のように本件賃料を取立払いとする旨の約定があったとしても、被控訴人は昭和四七年一二月二五日控訴人らに対し本件内容証明郵便をもって、右賃料を持参して支払うよう申入れ、控訴人らはこれに異議を述べなかったので、これにより右賃料は持参払いに変更されたものである。

2  被控訴人は、昭和五〇年一二月一九日の本件口頭弁論期日において、仮りに控訴人中村主張の本件建物修理費用償還請求権が認められた場合、被控訴人の同控訴人に対する昭和四八年一月一六日以降の前記賃料相当損害金債権をもって、同控訴人の右債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は《証拠省略》によって認められ、同2の事実は控訴人高橋と被控訴人との間において争いがない。

二  《証拠省略》によると、前示賃貸借契約成立以降、本件建物には、控訴人中村の養子となり当時中村姓を称していた控訴人高橋とその妻(控訴人中村の娘)子のほか、控訴人中村の妻等が入居し、生活していたこと、控訴人中村は、その当時横浜市中区山元町に居住し、昭和四四年一〇月頃本件建物に移転し、控訴人高橋ら夫婦と同居を始めたこと、右当時、本件建物の賃料は被控訴人から依頼を受けていた訴外三和商事不動産部こと訴外有泉正雄が取立てており、控訴人高橋がその養母である控訴人中村の妻を通じて右賃料を支払っていたこと、被控訴人は、昭和四六年五月頃、訴外酒川英一らとともに本件建物を訪れ、控訴人中村と面会し、同控訴人に対し訴外有泉正雄にかわって今後訴外酒川英一あるいは訴外酒川アツ子に本件建物賃料の取立を任せた旨告げたこと、当時被控訴人及び訴外酒川英一は控訴人中村を控訴人高橋であると考えていたこと、控訴人高橋は昭和四六年一〇月頃その妻子とともに本件建物から転居したこと、訴外酒川英一及び訴外酒川アツ子は、控訴人高橋の右転居の事実を知らず、控訴人中村を控訴人高橋であると誤解したまま、控訴人中村あるいはその妻から本件建物の賃料を同控訴人振出の小切手等で受取っていたことが認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定事実によるも抗弁1の事実及び抗弁2(一)の事実中控訴人中村と被控訴人代理人訴外酒川英一間の本件建物の賃貸借成立を推認することはできず、他に控訴人らの右主張を認めるに足る証拠はない。

更に控訴人中村は、控訴人高橋名義で昭和四四年五月三一日被控訴人代理人訴外三和商事不動産こと訴外有泉正雄から本件建物を賃借した旨主張するが、《証拠省略》によると、控訴人中村は、昭和四四年五月三一日、訴外有泉正雄とともに貸主被控訴人代理人同訴外人、借主控訴人高橋作成名義の本件建物賃貸借契約書を作成したが、同訴外人は当時控訴人中村と知り合いであり、同控訴人が控訴人高橋でないことを認識していたこと、右契約書の控訴人高橋名下の印影は、同控訴人の実印により押捺されたものであることが認められ、これに前示認定事実中、控訴人高橋が右契約後しばらくの間本件建物に居住し、その賃料を負担していたことを考慮すると、控訴人中村の右主張は結局認めることができず、他にこれを認めるに足る証拠もない。

三  控訴人高橋は、初め請求原因3の事実を認めたが、真実に反し錯誤に基づくとして、右自白を撤回し、右事実を否認したところ、被控訴人はこれに異議をとなえるので、これについて判断する。

《証拠省略》によると、本件内容証明が配達された当時控訴人高橋は既に本件建物から他に転居しており、本件内容証明は控訴人中村において受領したものであるが、転居したとはいっても、家財道具も一部置いたままで、折にふれ本件建物にも出入りしていたことが認められ、それに前示認定の控訴人高橋が控訴人中村の養子であったこと及び控訴人高橋の妻が控訴人中村の娘である事実を考慮すると控訴人高橋においてもその頃本件内容証明を了知した可能性は充分あり、控訴人高橋の前記自白の撤回が、真実に反し錯誤に基づくものと速断することはできないから、右自白の撤回は許されず、それ故請求原因3の事実は、控訴人高橋と被控訴人との間で争いがないものとして扱うこととする。

四  控訴人らは本件建物の賃料について取立払いの約定があった旨主張し、これに沿う《証拠省略》があるが、右部分は証拠略に反し採用することができず、他にこれを認めるに足る証拠はない。なお、前示認定のとおり、本件建物の賃料は実際上被控訴人側において取立てていたが、《証拠省略》からして右取立は被控訴人側の便宜の提供と認められ、この事実をもって控訴人らの右主張を推認することはできない。

さらに、一般に取立払の約定のある賃料債務につき賃貸人においてこれが持参又は送金して支払うよう求めてもそのために債務の同一性が害されることはないから賃貸人において催告期間内に取立に赴く意思が全くないものと認めるべき特段の事情があるような場合なら格別、そうでない限りこのような催告も無効と解すべきではなく、このような催告を受けた賃借人としては右催告において持参払を求められていても信義則上弁済のために自らなしうる行為として、催告期間内に催告にかかる金額を準備し、賃貸人に対しその旨を通知して取立を促す等の措置に出るべきものというべきところ、仮に本件が取立払であるとしても、右の特段の事情及び同控訴人において右の通知等の措置に出たことはこれを認めるに足りないうえ、《証拠省略》により認められる、当時同控訴人において本件催告にかかる月前二か月分の賃料を約定どおり払わず遅れて支払っていることを考慮すれば、被控訴人又はその代理人において催告期間内に取立に赴かなくても同控訴人は遅滞の責めを免れないものというべきであるから控訴人らのこの点の主張は失当である。

五  抗弁3(二)の事実中、本件建物が少くとも昭和一九年以前に建築されたものであり、その床面積の現況が八二・一四平方メートルであること、よって右建物の賃料については地代家賃統制令の適用があり、弁論の全趣旨によれば昭和四四年度における右統制賃料が一か月金一万六〇六四円を下らないことが認められる。ところで本件内容証明が一か月金四万五〇〇〇円の割合による約定賃料の支払を求めていることは前示の通りであるから、これによればなるほど右内容証明による催告は客観的には過大であるというべきであるが、だからといって右催告全部が直ちに無効となるものではなく、少くとも一か月金一万六〇六四円の支払を求める限度では有効であると解すべきである。

また抗弁3(三)の事実は、これが仮りに認められたとしても、本件賃料不払によっても本件賃貸借における当事者間の信頼関係が未だ破壊されていないものと認めるべき特段の事情の認められない本件においては、これがため本件内容証明による解除の意思表示が無効となるとは解せられず、主張自体失当である。

更に抗弁3(四)の主張もまた失当であり採用できない。原判決はなるほど昭和四八年一月一六日以降本件建物明渡ずみまで控訴人らは各自被控訴人に対し一か月金一万六〇六四円の割合による金員の支払いを命じているものであるが、被控訴人が右金員の倍額を受領しうる権利のあることまで認めている趣旨ではないと思われる。従って右判決にこの点の誤りはない。

六  抗弁2(三)の主張について、本件費用償還請求が民法第一九六条に基づくものか、第六〇八条に基づくものか必ずしも明確でないところ、もしこれが後者だとすれば控訴人中村は本件建物の賃借人であったことはないのであるからその主張自体失当であり、また前者だとしても同控訴人が本件建物の保存のため一体いくらの支出をしたのかを正確に把握しえない。即ち控訴人中村晴男(原審、当審)本人尋問の結果中には、右主張に沿う部分があるが、これは採用できない。すなわち右本人尋問結果中には、乙第九号証の一ないし一七は控訴人が本件建物の修理費として支出した費用の一部に関する領収書である旨述べた部分があるが、右領収書の多くは、単に金物代の領収を証するにとどまり、控訴人中村の主張する修理費とどのような関係を有するか明らかでなく、又《証拠省略》によると、控訴人中村は横浜市中区山元町において寿司屋を経営し、その店舗に居住したことのあることが認められ、従って右領収書によって支出した費用が本件建物のためのものとも限らないのであるから、結局、前記本人尋問の結果は具体性及び信用性に乏しく採用できないこととなる。他に控訴人中村の右主張を認めるに足る証拠はない。

七  よって、その余の点を判断するまでもなく、被控訴人の控訴人らに対する請求は、本件控訴による不服申立の範囲内で、原判決の認容した部分について理由があり、原判決は相当であるので、本件控訴を棄却し、次に、被控訴人の控訴人中村に対する請求は、本件附帯控訴による不服申立範囲内で、原判決中金一九万七七四五円の支払いを受けるのと引換えに本件建物の明渡しを命じた部分について、右引換えにされるべき理由がなく、原判決はこの点相当でないので、これを変更することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条八九条九二条九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水次郎 裁判官 松井賢徳 高梨雅夫)

〈以下省略〉

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